浦原 | ナノ
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▼ 過去編8

浦原隊長が技術開発局を創ってから昔と姿を変えた十二番隊の隊舎は、ここ数日、ピリピリした空気を放っていた。原因は、他でもないわたしであると自覚はある。

「なんっやねんこの空気……!」

ひよ里が居心地悪そうに肩をすくめている。先日の九番隊の演習に同行した際、浦原隊長に男にホイホイ手ェ握らせてんじゃねえよクソビッチ(語弊あり)と言われてから、わたしは浦原隊長との会話を放棄している。仕事に関する話もなるべく少なく済むように、いつもより仕事をして処理済みの書類を浦原隊長がいない時を見計らって浦原隊長の執務机に置き、連絡事項はメモに残すか他の人に伝言を頼むという徹底ぶりである。浦原隊長が何か言いたげにこちらを見ていることには当然気づいているが、わたしの心が落ち着くまでは話をするつもりはなかった。というよりも、引っこみがつかなくなってしまったところも若干あるのだが。

「あんた喜助が好きなんとちゃうんか」

「………好きだけど」

「今間ァあったやろ!愛想つきたんか!」

「愛想尽かされたのはわたしの方ですぅ!」

浦原隊長は研究室にこもりきり、他の隊士たちも空気の悪さからか、何かとわたしたちに近づかなくなって、わたしとひよ里は自主休憩ということで隊舎でもそもそとおはぎを食べていた。自分で言って自分でへこんでしまったわたしを、ひよ里がしょうもな、と一蹴した。そんなこと誰よりもわかってるよ。でも、好きな人にクソビッチって言われた気持ちを考えてほしい(言われてない)。わかってほしいのに、言ったら告白になっちゃうから言えない。

「周りから見たらなまえが喜助を振ったようにしか見えへんで」

「わかってるけどさぁ!」

「あーもーめんどくさ!さっさと告白してくればええやろ!!」

「できたらとっくにしてる!!」

「さっきから五月蝿いヨ」

突然背後に現れた白く塗りたくられた顔に、ひよ里とふたりで悲鳴を上げる。涅三席はいつからそこにいたの。ばっくんばっくんと音をたてる心臓を押さえて、おどかすなや!!と涅三席に怒るひよ里を眺める。しかし意に介した様子もなく、涅三席はギョロリとした目でわたしをまじまじと見つめた。

「つまり浦原喜助が好きだが告白する勇気が出ない、という訳だネ」

「なんで涅三席に恋愛相談しなきゃならないんですか…」

「この私がわざわざオマエのために浦原喜助を落とすとっておきの薬を作ってやろうと言っているのだヨ。素直に受け取りたまえ」

「あかんでなまえ!どんな毒薬作られるかわからん!」

警戒心MAXのわたしとひよ里に、ニマァ、と口元を三日月のように歪める涅三席。危ない臭いしかしなかった。大体浦原隊長のこともわたしのことも嫌っているこの人が、わたしに協力してもメリットなんてないだろう。何が目的なのか探るように変なメイクが施された顔を見る。涅三席いわく、わたしが浦原隊長を避け始めたことにより局の空気が悪くなり研究に支障が出ているとのことだ。主に涅三席に顎で使われていた人が隊舎からちょくちょく離れるようになって迷惑しているらしい。それはわたしのせいではなく、涅三席に顎で使われるのが嫌だっただけでは。ひよ里もわたしと同じ意見なのか、何言っとるんやコイツ、とありありと表情に出てしまっている。というかそもそも浦原隊長を落とす薬ってどんなものだろうか。物理的に落とし穴に突き落とすとかそういうのしか思い浮かばない。

「この私にかかれば浦原喜助を骨抜きにしてみょうじの奴隷にする惚れ薬を作ることくらいわけないのだヨ!」

「もうやばい予感しかしないじゃないですか」

「喜助に毒盛って乗っ取る気やろ」

ああでもないこうでもないと涅三席とひよ里と3人で話すが、一向にまとまらない。主に涅三席のせいで。収集がつかないので仕事に戻ろうかな、と思いたった時だった。

「な〜にやってるんスか?」

先程の涅三席と同じように突然現れた浦原隊長に、わたしたち3人の肩が大きく跳ねる。びっくりしたのもそうだが、ろくでもないことを話していた後ろめたさというかなんというか。浦原隊長の方が見れない。脅かすな言うとるやろ!と浦原隊長にひよ里がかました頭突きのゴツン、とい音と浦原隊長の悲鳴が耳に入ってきて状況はわかるけれど。浦原隊長の問いに答えることもなく、これ以上話すのが無理だと悟ったせいか、フン、とつまらなそうに鼻を鳴らして涅三席は自分の研究室へと戻っていった。本当に何がしたかったんだあの人。わたしもその流れに乗って別の隊に書類を届けにでも行こうとするが、目ざとく気づいたひよ里に書類を奪い取られてしまう。そしてうちが行ってきたるわ、と早々に隊舎を出ていくひよ里。もしかしなくても、完全に見捨てられてしまった。それでもなんとか脱出を試みるが、浦原隊長に名前を呼ばれて、話があるんです、と言われてしまえばわたしの退路は完全に塞がれる。うっ、と胸が詰まるような気持ちで渋々、浦原隊長に向き直った。

「この間はすみませんでした」

「……わたしのこと、クソビッチ扱いしたことですか」

「あれぇ?そんな覚えはないんスけど…」

苦笑して頬をかく浦原隊長を見つめる。この仕草を見ることが多いような気がする。というよりも、この人は困ったときでもいつでも、笑っているのだ。初めて会った時からずっとそうだった。

「ちょっと虫の居所が悪くて、なまえサンに当たっちゃいました」

虫の居所が悪くてって。あの日、浦原隊長はすごく普通に見えた。確かにわたしを助けてくれた時は機嫌が悪いように見受けられたけれど、あの時だけだったし、あの時に浦原隊長の機嫌が悪くなるようなことがあった覚えはない。それでも、こうして謝られているのだから、きっとこの辺りが潮時なのだろう。隊士たちにも迷惑をかけてしまったし、これを逃せばわたしもどこで折れればいいのかわからない。それでも、やっぱり、納得いかないことはあるから。

「……わたし、誰にでもゆるしてるわけじゃありません」

「……はい」

「この間だって、いきなりで驚いただけで、いつもだったら手を握られたりしませんでした。なかなか離してくれなくて、本当はちょっと怖かったし」

恨み言のようにつらつらと並べる言葉に、浦原隊長はただただ相槌をうっている。その姿にいつまでも意地を張っている自分が恥ずかしくなって、それを隠すように語気が荒くなっていく。

「大体!ガードが緩いとか男に手を握られるなとか、浦原隊長が言ってもなんっにも説得力ないんですからね!」

「それを言われると言い返す言葉もないんスよねェ…」

わたしがいつもどんな気持ちであなたのスキンシップを受けているか知らない癖に。簡単に差しだされる手に、自分の手を重ねることが、どれだけ勇気のいることか。だからこそ、浦原隊長はわたしのことをなんとも思っていないんだと、いつも身をもって知るのだ。わたしと、浦原隊長の気持ちは、全然ちがう。それでも、私的な感情を仕事にまで持ち込んだのはどう考えてもわたしが悪い。浦原隊長だけではなく、わたしも、ちゃんと謝ってけじめをつけなければ。しかしわたしが謝罪を口にする前に、わたしの頬に浦原隊長の大きな手が、触れる。

「でも、だからこそ、ボクがしているようなこと、なまえサンが他の男にゆるしてたら嫌なんです」

わがままでスイマセン。バツが悪そうにしながらもわたしから目を逸らさない浦原隊長が、今何を言ったのか。理解が追いつかなくて、ぽかん、と口を開けた間抜け面を晒してしまった。ひとつずつかみ砕いて、今何を言われたのかをようやく理解して、顔に熱が集中していくのをありありと感じる。恥ずかしいし、こんなこと言ったらどう思われるかわからない。だけど誤解されたままは嫌だから。

「………浦原隊長だから、です」

目を少し伏せて、絞り出すように、掠れた声で伝える。他に誰もいないこの静かな執務室の中では、小さな声でもしっかり相手に届いてしまう。浦原隊長の耳にもしっかり届いたようで、面喰ったように目を見開いてわたしを見つめていたかと思いきや、優しく目じりを下げて、わたしの頬に添えられていた手で、わたしの髪の毛をぐしゃぐしゃとかき回した。きゃ、と小さく悲鳴を上げる。満足するまでわたしの髪をぐしゃぐしゃにした浦原隊長は、今度は優しく、わたしの髪を撫でつけた。

「……そういうこと言うと、男は勘違いしちゃうんスよ」

勘違いしてくれていいのに。そこまで言う勇気はさすがに出てこなくて、頭に浮かんだその言葉は、わたしの胸中に留まることになった。


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